南島原からはじまる「おさかなノート」というまなざし
長崎県南島原市。この地に吹く風や、海から届く潮の香りには、どこか懐かしさを感じさせるやさしさがあります。島原半島に暮らす人びとは、昔からふぐのことを「ガンバ」と呼び、冬の味覚として大切にしてきました。その呼び名には、親しみと敬意が込められているように感じます。
そんな南島原市を拠点に、とらふぐの稚魚の生産に取り組んでいる「FUKUNOTANE」では、このたび日本財団と連携し、子どもたちが海や魚について楽しく学べる教材『おさかなノート』を制作しました。
このノートには、ふぐのひみつや、海と人とのつながり、食べるという行為の奥にある物語が、やさしい言葉とビジュアルで丁寧に綴られています。デザインを担当したのは、長崎県出身で現在は福岡県を拠点に活動されているダテユウイチさん。やわらかな線と色づかいで構成されたイラストが、ページを開くたびに子どもたちの好奇心を刺激し、「知ること」の楽しさを感じさせてくれます。
ダテさんの作品は、Instagram(@date_u1)でも紹介されており、見る人の感性を静かに揺さぶるような、優しい空気をまとっています。
FUKUNOTANEの担当者は、「デザインをやわらかくすることで、子どもたちにも楽しみながら魚のことを知ってもらったり、学んでもらえるノートになったと思います」と話されます。
魚を見て、ふれて、味わう。五感でひらく“海のまなび”
実際にこの『おさかなノート』を使った体験学習の場として、地元の小学生たちがFUKUNOTANEを訪れました。ノートに描かれたイラストと実物のふぐを見比べたり、ふぐの解体を見学したり、とらふぐの唐揚げを試食したりと、まさに五感を通して学びを深める時間となりました。
また、ダテさんのイラストを使ったTシャツに、子どもたち自身がシルクスクリーンでプリントを施すワークショップも行われ、ものづくりの楽しさとともに、自分だけの「学びのかたち」が生まれていました。
「勉強」というよりも、実体験を通して“もっと知りたい”という気持ちが自然と生まれていたことが印象的でした。子どもたちの能動的な姿勢があふれる時間となったことを、私たち日々研究所もとても嬉しく感じています。
「サークル・オブ・ライフ」に込めた想い
FUKUNOTANEが日々の仕事を通じて伝えようとしているのは、「魚を育てて売る」だけではありません。ふぐという命が、海に育まれ、人の手によって大切に育てられ、食卓へと運ばれ、やがて誰かの身体や記憶の一部になっていく。その営みのすべてを「サークル・オブ・ライフ(Circle of Life)」と捉え、命のつながりを丁寧に見つめなおす取り組みを続けています。
温度、餌、成長スピード、ストレス管理…。養殖現場では、魚の一生を支えるための繊細な配慮が日々重ねられています。そうしたプロセスを、わかりやすく子どもたちにも伝えたいという想いが、『おさかなノート』には込められています。
「ガンバ」と呼ばれてきた、ふぐのふるさと
ふぐを「ガンバ」と呼ぶ文化は、島原半島ならではの風習です。江戸時代の記録にも登場するこの呼び名は、地元の人々にとってふぐが生活と密接に関わってきた証でもあります。冬の食卓に欠かせない魚として、いまでも飲食店や家庭で親しまれています。
「棺(龕:がん)をそばに用意してでも食べたい」「命と引き換えにしてでも食べたい」ほど美味しく、島原半島で親しまれてきた「ガンバ(ふぐ)」。この呼び名の背景には、食材への敬意、食の知恵、そして時に命を懸ける覚悟が象徴されており、こういった風土や文化的背景を知ることが、ただ「食べる」だけではない、魚とのつながりを育んでくれます。
FUKUNOTANEは、養殖業を営む企業であると同時に、こうした土地の歴史や風習、文化の語り手でもありたいと考えています。
ノートは旅をはじめます。
『おさかなノート』は、まず島原半島内の学校に配布され、授業の副教材として使用される予定です。また、島原半島観光連盟などとも連携し、体験観光の商材としても活用されていく計画です。
旅先で魚の養殖場を訪ね、学び、味わい、ノートに書きとめていく。そんな体験型の学びのかたちが、このノートを通じて広がっていくのではないでしょうか。
ノートは、子どもたちの手のひらにおさまるサイズですが、その中には海の大きさや、命の循環、そして人と自然の関係性がぎゅっと詰め込まれています。
未来の「海と人」をつなぐために
魚の目の奥には、きっと海の記憶が息づいています。
子どもたちのまなざしの先には、きっと未来の海が広がっています。
『おさかなノート』は、海と人、魚と暮らし、地域と未来をつなぐ、やさしいバトンのような存在です。この南島原の小さな取り組みが、やがて大きな波紋となって、日本中の子どもたちに広がっていくことを願っています。

FUKUNOTANE 小玉さん(左)と島原半島観光連盟 福田さん(右)
海の教室が、ひらきました。
きょうの授業は、「おさかなノート」です。