いとなみ研究室

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上田皮ふ科

「障がいの有無に関わらず みんなが生きやすい社会をつくりたい。 思いやりの気持ちで満ちた、やさしい世界『café universal』」

取材・文

写真

月13日、大村市に新たなカフェが誕生した。

障がいのある方と、健常者が一緒に働く「café universal」。

 カフェを手掛けた上田厚登さんは、上田皮ふ科の院長でありながら、「一般社団法人 Palette」の代表として、福祉事業も運営している。

 障害者の方が自由にのびのびと働くカフェは、「ありがとう」の言葉が飛び交う、明るくてワクワクした場所だった。

「障がい者の支援をしたい」。構想の始まりは、

13年も前のこと

上田「福祉の社会問題として、障がい者に対する虐待が、毎年2000件以上あるんですね。残念なことにこの多くは、家族と事業所の従業員からの虐待だと言われております。」

 特別支援学校を卒業し、就職するも、いじめが原因で離職してしまう障がい者の方は少なくない。理解がある職場を見つけるのも難しく、働くことを諦めてしまう方もいるそうだ。

 障がいには、症状の軽いものと重いものがある。コミュニケーションも問題なく、一見どこに障がいがあるかわからないような方も、「障害者」という偏見のせいで、単純作業だけを強いられる。「やりたい職業にチャレンジすることができない」。夢や希望に蓋をして、生きづらい思いをしている障がい者の方が、まだまだたくさんいるのだ。

 障がいのある方の受け皿をつくろうと構想を始めたのは、今から13年前のことだった。

 当時の手帳には、「知的障害の支援を」という文字。上田さんには、三歳上の知的障がいを持つ兄がいる。両親は兄に対して熱心にサポートをしていた。助けを必要とする人たちに、優しく手を差し伸べる二人の姿を見て育った上田さんは、福祉の道を志す。

 きっかけはもう一つ。大学生の頃、母親をガンで亡くした。一度も病気をしたことがなかった母にガンが見つかってから、半年後のことだった。あまりに突然のことで大変ショックを受け、辛い日々が続いたという。しかしこの出来事を通してあることに気付き、それは今でも上田さんの生き方の軸となっている。

 「心の中では、福祉をやりたいと思っていたんですよね。でも、時間の使い方、お金の使い方がわからなかったんです。どうしても目の前のことに振り回されていたというか。毎日毎日、バタバタしていて、なかなか一歩踏み出せずにいました。

 でも、母親の死を通して、命には限りがあると教えてもらいました。なので、いつかしようじゃなくて、逆算していかんといけんなって。

 最初はグループホームからスタートして、まず住む場をつくろうと。そして今回カフェをやっていきまして、これがスタートです。」

 「障がいがある方が生き生きと働ける場所をつくりたい」という構想を胸に、福祉と連携したレストランやカフェの事例を参考にしようと、アンテナをはりSNSで探し求めていた。そんな時に出会ったのは、黒岩功シェフだった。

 黒岩シェフは、大阪にある本格フレンチレストラン「ル・クロド・マリアージュ」の経営者だ。健常者と障がいのある人が共に働き、違いを認め合う文化を発信している。障がいのある方が仕事にやりがいを感じ、生き生きと働く場所こそ、上田さんが目指していたユニバーサルレストランの形だった。ユニバーサルとは「普遍的な」「すべての人の」と訳され、障がいの有無に関わらず誰もが利用できる という意味である。

「赤ちゃんからお年寄りまで、障害があってもなくても利用できるレストランにすごく刺激を受けましたね。」

「ここで開催されている「感謝の朝礼」を見て、涙が出るほど感動しましたスタッフとキャストと呼ばれる障がいをもつメンバーが、最近あった感謝のエピソードについて一人一人メッセージしていきます。温かなエネルギーが満ち溢れていました。

『ないものを数えると生まれるのが不満』

『あるものを数えることで気づくのが幸せ』

実は当たり前と思っている日常に幸せがある、そんなことを気づかされました。その空間にいるだけで、胸が熱くなったことを覚えています。こんなに素敵な環境が、温かい場所があるんだと素直に感じました。」

この文化を長崎に持っていきたいと、上田さんはこの時そう決心した。黒岩シェフが主催するイベントに何度か参加し、長崎でもユニバーサルカフェができないかと相談した。皮膚科の院長としてせわしない日々を過ごす上田さんだったが、時間がないと言い訳をしたくなかった。「命には限りがある」から。

 「とても自分たちだけでは難しいので、プロのお力を素直に借りながら。この人だったら手伝おうか、という風に思われるようなかかわり方というか、接し方、伝える力、そういうことを大事にしています。」

WBCジャパンの元ヘッドコーチ、白井一幸さんには特別応援隊長に就任していただき、チーム一丸となってカフェをつくりあげている。

 

チャレンジの先には、成功か成長しかない。試行錯誤しながら、生きることを楽しもう

黒岩シェフがプロデュースしたカフェはテント型の建物となっており、大きな窓からは大村湾が一望できる。明るい太陽の光が降り注ぐ店内では、サンドウィッチやスムージー、ケーキなどが楽しめる。パーティー感のあるキラキラしたおしゃれな空間に、上田さんは心を躍らせた。

 「13年前から抱いていた構想が、やっとできたと。まだまだ始まったばかりですけども、どう育てるか。みんな思いは一つなので、試行錯誤しながら頑張っていきたいと思っています。」

 カフェで働くのは、「障がい者グループホーム スイサイ」で働く介護士や、利用者の方だ。店長の方は、料理上手でカフェにも憧れがあったことから、今回の話を受け、思い切ってチャレンジしたそうだ。障がいのある子どもを育てた経験を生かし、障害者の方の気持ちをくみ取りながら、働きやすい空間を整えた。

 「障がいのあるキャストさんについては、比較的症状の軽い方が多いです。自ら接客の練習もしていて、張り切っていますよ。彼らの可能性が広がっていることを実感しています。」

 「チャレンジの場として、ぜひ試行錯誤しながらも、生き生きと楽しんで仕事をしてもらえればと思います。チャレンジの先には成功か成長しかないので。『ありがとう』っていう言葉が飛び交うような組織作りが私たちの役目かなと思います。グループホームの経験も生かしながら、キャストの方とお客さん、みんながHAPPYになれるような空間をつくっていきたいです。」

 障がいの軽い方をカフェスタッフとして迎え入れ、自分らしく働くことを応援するために、一人ひとりの意志を尊重している。将来的には、ロボットを導入することで、障がいの重い方や高齢者の方でも働けるようなシステムを作っていきたいと語る。

 「障がい者の方が、マウスでロボットを操縦することで、接客の仕事ができるんですね。遠隔で操作できるので、勤務が北海道からでもいいんです。対面だと緊張してしまう方も、ロボットを介してだとすごくスムーズに接されることもありますし、高齢者の雇用にもつながります。今はまだ準備中ですが、長崎県では初めてとなりますね。」

 「おしゃべりが好きなお客様は喜ばれるのかなと思っています。キャストさんの働く姿を見て、『障がいのある方もこんなに頑張ってるんだな』って思ってもらえたら、元気を与えることができるんじゃないかと。」

 多様な人が共存する空間をつくることで、違いを認め合う文化を生み出す。まだまだ障がいのある方に対する偏見が絶えない中、地域の一等地で情報を発信していきたい。すべての人が生きやすい社会をつくるため、上田さんは前に前に、進んでいく。

さらに、様々な目的で場所を必要としている人に向けて、カフェの貸し出しもしていきたいそうだ。一日限定でお店を出してみたい人、作品の個展を開きたい人。障がいのある方に対してだけではなく、助けを求めるすべての方に手を差し伸べようとする上田先生のやさしさが、たくさん詰まったカフェだ。

 「今話があるのが、ヨガですね。海を見ながら朝ヨガ、気持ちよさそうですよね~。」

 

上田さんの想いを形にしたロゴが生まれた。上田の”u”に「n」を斜め上にしたデザインは、自分の思い描く世界の実現のために一歩ずつ進み続ける、上田先生の心意気を表現している。「この場所がすべての万物へのかきねない架け橋になるように」という祈りが、フックのような形に込められた。

 

人の痛みを理解できる私だからこそ、できることがきっとある

「私、医者になりたいと思って、医学部で受験勉強をしていたんですが、『俺何のためになりたかったのかな』って、わかんない時期があったんですよ。兄貴のサポートがきっかけで福祉を目指したり。母親がガンで亡くなったので、じゃあそっちをしなきゃいけないのかなって思ったり。でも、どんなことをやるにしても、「ありがとうをいただく」っていうことにおいて、気持ちは変わりません。」

 限りある命を、人のために使う。医者として、医療で患者さんを笑顔にしながら、福祉事業で、障がいのある方や高齢者の方への支援に取り組む。人からの「ありがとう」を頂くというミッションを常に掲げながら、どちらの事業に対しても同じように心を込めている。

 障がいのある兄と一緒に育ってきた上田さんは、家族のサポートも欠かさない。

 「親御さんは、すごく心配されているんですよね。自分がいなくなった後のお子さんたちのことを。障がいをもつ人たちが、親亡き後も安心して過ごすことのできる社会をつくりたいです。」

 「こどもの頃、兄のことでいじめられた記憶もあります。人の痛みが分かる私がやるのには、意味があると思っていますね。」

 愛は、伝染する。助けを求める人のために行動する上田さんのやさしさは、人から人へ広まっていく。きっとこのカフェでは、人が人のためを想うあたたかい気持ちで満ちた、やさしい世界がつくられていくのだろう。

 

会社情報

会社名:
上田皮ふ科
所在地:
長崎県大村市小路244−7
Tel:
0957-47-6707
Website:
https://uedahifuka.com/

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