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株式会社 天洋丸
インドネシアから日本へ、海がつなぐ物語。特定技能外国人「アディさん」
取材・写真・文
約5,771キロ。――それは、インドネシアから日本までの距離。 家族の温かさと笑顔を胸に、特定技能外国人として日本の地を踏んだアディさん。 異国の地で奮闘する彼の日々は、文化の壁を越え、新しい挑戦と学びに満ちている。家族を思いながら、将来を見据え、前進するアディさんの物語。
アディさんの幼い頃の話
アディ:幼少期はあまり記憶にないけど、兄弟は下に5つ離れた妹がいます。小学校に上がると、友達と自宅近くのゲームセンターへ行ったり、サッカー、かくれんぼ、自宅でゲームをしたりして遊ぶことが多かったです。
自然豊かなインドネシアでは、もっと自然の中で遊ぶ機会が多いかと思いきや、かくれんぼやサッカーと、「日本の子どもたちとあまり変わらないと思います!」と語るアディさん。 楽しかった幼少期の記憶が垣間見える。日本とインドネシア、文化の違いで教育期間も違ってくるのか興味深い。
アディ:インドネシアの教育期間も小学校6年間、中学校3年間、高校3年間、大学4年間です。私は高校まで行きました。小学校では特に習い事もせず、勉強を頑張っていたイメージです。中学校へ入学して、クラブ程度にバドミントンを少しやったくらいですね!
教育期間は日本と一緒だということが分かった。まだ中学生の時は特段なりたい職業などなかったと話す。高校進学の時お母さんがきっかけで現在に大きく影響する選択をすることとなる。
今に繋がる将来の選択
アディ:中学校を卒業して、高校へ行くことになるんですけど、自宅からも近いし、水産高校を志望しました。きっかけは母が「そこの水産高校へ進学すると日本へ行けるよと」と言ったことです。特になりたい職業もなかったしやってみるかと思い水産高校に決めました。
水産高校ではどんなことを学ぶのだろうか?
アディ:水産高校なので、海のことはもちろん、機械の事とかモーターのこととか3年間勉強します。高校卒業後は、元々日本へ行こうという思いがあって進学したので、卒業後は日本へ行く進路選択をしました。日本へ行くには、まず高校を卒業して送り出し機関へ行くためにテストを受けます。主に体力テストになりますが、それに合格してやっと送り出し機関へ登録といった流れです。そこから日本語の勉強を半年ほどやって試験に臨み合格したらやっと日本へ行けます。
いざ、日本へ!
色々な試験や、勉強をしてようやく日本への切符を手にしたアディさん。来るまでも、簡単ではないはずだが、日本へ来てからの苦労はなかったのか?
アディ:まず、日本へ行く時は、どこへ行きたいとか希望が出せません。なので、言われた行先が雲仙市の天洋丸でした。一番大変だと感じたのは、やっぱり言葉が通じないことですね。いくら勉強をしていたとしても、方言が難しくて分からなかった。言葉が上手く通じれば仕事を教えてもらっても分かりやすかったけどなかなか伝わらなかったですね〜。ただ自分には先に日本へ来た先輩がいたので通訳をしてもらってなんとか乗り越えれたし、天洋丸のみんなは優しくしてくれました。
(↑天洋丸社員研修風景)
余談にはなるが、チームビルディングや、意思疎通を図る上でコミュニケーションがいかに大切なツールかが伺える。家族、なかま、近い関係でも正確に物事を伝えることが難しい。天洋丸は社員研修を実施し、その中にコミュニケーションの大切さに気づけるような「聴く / 伝える」のワークショップを行っている。だからこそ、同僚、部下に優しくなれるのではないだろうか。
帰国の時
最初日本へ来た時は、技能実習生として日本へやってきたアディさん。3年の実習期間をおえインドネシアに帰国する事となる。
アディ:インドネシアに帰国してからは、しばらくゆっくり過ごしたくて約1年間ゆっくり過ごしました。その期間で奥さんと結婚し、子どもも産まれました。家族もできて、お金も必要になるし、インドネシアにはまだ自分が思うような仕事がなかったので日本へ行き仕事をしようと思いました。2回目も行先は決めることができず、農業か、介護で迷い、最短で日本へ行ける理由で、介護を選択しました。
再び日本へ
今回も行先は選択できないそうで、1番早く日本へ行ける介護を選択したアディさん。今回はどこへ配属されたのだろうか?
アディ:今回の行先は関東の方で、介護職へ就きました。1年くらい勤めて、次第に天洋丸へ戻りたいという気持ちが強くなり、先輩に相談し千代太社長と話をさせてもらうことに。やっぱり以前3年間いたらそっちが慣れているし戻りたいと思いました。
今回は特定技能外国人として日本へやってきたアディさんだが残り4年間しっかりと天洋丸で頑張りたいと語った。残りの実習期間を終えアディさんはどんな将来を描くのか?
アディ:5年経ったら、国へ帰ろうと考えています。今、日本語検定2級を取得中で、それに受かると国へ帰った時に日本語の先生になれるんです。あとは、天洋丸で学んだ漁の技術なども活かして仕事ができたらいいなと思っています。
天洋丸で学んだ事を最大限に活かしインドネシアで頑張りたいと語る。また天洋丸では、インドネシア寮を作ったり、インドネシアではお祈りがあり、そのお祈りスペースを作ったりと過ごしやすい環境が伺える。アディさんも安価で寮に住めることがとてもありがたいと語った。さて、話の中に「お祈り」と出てきたが、アディさんにその事を伺った。
お祈りと家族のこと
アディ:お祈りは、物心ついた5歳くらいから両親に教えてもらいます。日の出とともに始まり、毎日5分くらいのお祈りを5回します。
今回取材の中でも実演してくださった。お祈りを間近でみるのは初めてのことで、衣装に身を包みお祈りする姿は、どこか緊張感が漂いこちらとしても貴重な経験となった。
またご家族のことを尋ねると、やはり奥様と1歳半の子どもと離れ離れに暮らすことは寂しいと話す。
アディ:できるだけ毎日テレビ電話をしていますが、奥さんは「寂しい、寂しい」と言っています。まだ日本にもきたことがないのでいつか連れて来られるといいなと思います。今年の夏は自分も一度帰国しようと考えていて、それが楽しみですね〜。
取材の途中にお子さんの写真を見せてもらったが、目元がそっくりな可愛らしい男の子だった。慣れない異国の地へ再び戻ったアディさん。家族のため、これから続いていく将来のために今を頑張って過ごす。誰もができることではないと感じる。そんなひたむきに頑張るアディさんを今後も応援したい。
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プロフィール
アディ
会社情報
- 会社名:
- 株式会社 天洋丸
- 所在地:
- 〒854-0703 長崎県雲仙市南串山町丙9287-3 ( 天洋丸水産加工場・事務所 )
- Tel:
- 0957-76-3008
- Website:
- https://www.tenyo-maru.com/