当たり前の風景の中で育まれたもの。学生時代の迷いと原点が今につながるまで。株式会社落水正商店 取締役営業部長 落水 聡一朗さん。

ジャンル

記事クレジット

取材・写真

取材・写真・文

写真

  • 一部提供

    一部提供

幼い頃から始まった“当たり前”の手伝い

落水聡一朗さん(おちみずそういちろうさん)の原点は、どこか特別な出来事にあったわけではありません。むしろそれは、毎日の暮らしの中に静かに溶け込んでいました。幼い頃から、家業である株式会社落水正商店の養鶏現場はすぐ身近にあり、気づけば自然と手伝いをするようになっていたと語られていました。

朝の空気がまだ少し冷たい時間帯に鶏舎へ向かうこともあれば、学校から帰ったあとにできる作業を少しだけ担うこともあったそうです。特別に「仕事」として任されるというより、暮らしの延長として関わっていた感覚が近かったのかもしれません。

鶏舎の空気が育てた仕事への感覚

子どもの頃の記憶として残っているのは、鶏舎の匂いや音、そして手に取ったばかりの卵の温もりです。言葉で教えられたというよりも、家族や周囲の大人たちが働く姿をそばで見ながら、「こうして日々の営みは続いていくのだ」という感覚を自然に受け取っていったと話されていました。

鶏の様子を気にかけ、環境の変化に合わせて細やかに対応していく姿。そうした一つひとつの行為が、生活を支える大切な役割を担っていることを、幼いながらに感じ取っていたのだと思います。

当たり前だった日々が価値観の土台に

当時は、それが特別な経験だとは思っていなかったそうです。むしろ「手伝うのが当たり前」という感覚で、日々を過ごしていたといいます。けれど今振り返ると、その時間が自分の価値観の土台になっていることに気づくと、穏やかに語られていました。

卵がどのように生まれ、どれだけの手間を経て食卓へ届くのか。そうした過程を体感として知っていたことが、後の人生の選択に大きく影響していったのです。

学生時代に訪れた迷いと外の世界

学生時代に入ると、当然のように家業の外の世界にも目が向いていきます。進学や将来の進路を考えるなかで、「このまま家業に関わり続けるのか、それとも別の道を歩むのか」といった迷いもあったそうです。周囲の友人たちがそれぞれの進路を選び、新しい環境へと進んでいく姿を見ながら、自分自身の将来についても改めて考える時間が増えていったと語られていました。

離れて見えた家業の意味

一度現場から距離を置くことで見えてきたのは、幼い頃から触れてきた仕事の意味でした。食べることの基本を支える仕事であること、そしてその営みが地域の暮らしに根ざしていること。外の世界を知ったからこそ、これまで当たり前だと思っていた仕事の価値の大きさを実感するようになったといいます。それは決して劇的な気づきではなく、ゆっくりと心に染み込んでいくような感覚だったのでしょう。

「継ぐ」から「どう続けるか」へ

学生時代に得た経験や視点は、家業と向き合う姿勢にも変化をもたらしました。ただ継ぐという受け身の意識ではなく、「どう続けていくか」「自分はどのように関わっていくのか」といった問いが生まれていったそうです。

外の世界を見たからこそ、家業の役割や可能性を客観的に捉えられるようになり、そのうえで改めてこの仕事と向き合いたいという思いが芽生えていったのだと感じられました。

現場に立ち続けるという感覚

家業に本格的に関わるようになってからも、落水さんの基本にあるのは、幼い頃から変わらない“現場に立つ感覚”です。鶏の体調や様子を日々観察し、小さな変化を見逃さないようにすること。環境の違いや季節の移ろいに合わせて調整を重ねていくこと。

その一つひとつの行為は、子どもの頃に自然と身についていった習慣の延長線上にあります。特別な技術というより、「当たり前のことを丁寧に続ける」という姿勢が根底に流れているように感じられます。

人との関係の中で続いていく仕事

仕事の話をされるとき、必ずと言っていいほど「ひと」の存在が語られます。家族や従業員、地域の方々、そして卵を手に取ってくれるお客さま。幼い頃から、人の手によって支えられてきた現場に身を置いてきたからこそ、仕事は決して一人で完結するものではないという感覚が根づいているのだと。自分が担っているのは流れの一部であり、その営みを次の世代へつないでいく役割なのだという意識が、言葉の節々から感じ取れました。

直売所「花たまご」に重なる原点の記憶

直売所「花たまご」について語る場面では、原点となる幼少期の記憶が重なっているように思えました。卵をつくる現場と、それを食べる人の顔が見える距離にあること。その関係性が生む安心感や実感は、家族とともに仕事をしていた頃の体験とどこか通じるものがあるのでしょう。実際に食べた人の声を直接聞けることが、日々の仕事への手応えにつながっていると静かに話されていました。

外の世界を知ったからこその視点

学生時代に一度外の世界へ目を向けた経験は、現在の仕事にも確かに活きています。変わらない価値を守りながら、それをどのように伝えていくのか、そしてどのように次の世代へ手渡していくのか。その視点は、幼い頃から現場にいた実感と、外の世界を知った客観性の両方があってこそ生まれたものなのでしょう。二つの経験が重なり合うことで、いまの落水さんの姿勢が形づくられているのだと感じられます。振り返ってみると、落水さんの歩みは決して大きな転機の連続ではありません。幼い頃の手伝い、学生時代の模索、そして現在の仕事へと、ゆるやかにつながっています。しかし、その緩やかな連続こそが、いまの落ち着いた佇まいを生み出しているのではないでしょうか。日々の小さな経験が積み重なり、気づけば現在の立ち位置へと導かれていた。その自然な流れが、落水さんの人となりをよく表しているように思います。

幼い頃の時間が今へとつながる

卵づくりという仕事は、目に見える成果よりも、日々の積み重ねが何より重要です。幼い頃から現場に立ち続けてきた経験があるからこそ、その重みを深く理解しているのでしょう。そしてその理解が、穏やかな語り口や、丁寧な仕事ぶりとして現在の姿に表れているのだと感じます。

子どもの頃に手伝ったあの時間が、学生時代の葛藤を経て、いまの仕事へと静かにつながっている。落水聡一朗さんの人となりは、そうした長い時間の積層の上に築かれています。目立つ物語ではないかもしれません。しかし、その積み重ねの確かさこそが、日々の仕事を支え、今日も変わらない手つきで卵と向き合い続ける理由になっているのだと思います。