暮らしに寄り添う祈りのかたち

長崎県松浦市今福町に鎮座する今福神社。創建は11世紀後半、京都の多賀大社から分霊を受けて建立されたと伝わる。海に開かれたこの土地で、人々の暮らしとともに歩んできた神社だ。

今福は古くから港町として栄え、松浦党の拠点の一つでもあった。江戸時代には平戸藩の中でも特異な位置づけにあり、どこか独立した気質を持つ土地として知られている。その歴史は、今も地域の空気として息づいている。
迷いながら辿り着いた宮司という生き方

宮司の早田伸次さんは、幼い頃から神社を継ぐことを強く意識していたわけではない。むしろその逆で、外で体を動かすことが好きな、いわゆる活発な少年だった。勉強よりも遊びやスポーツ。じっと机に向かうよりも、外に出ている方が性に合っていたという。本を読むことも、どちらかといえば苦手だった。文字を追うよりも、体で感じることの方が面白い。そんな感覚で過ごしてきた。

やがて成長する中で、地元・松浦に対して複雑な感情も抱くようになる。「何もない」と言われる空気や、大人たちの言葉にどこか違和感を覚えながら、外の世界へと目を向けていった。神職の資格を取るための大学に進学するも、当時はラグビーに打ち込み、自由な学生生活を送っていた。大学卒業後、東京で就職し転機は20代後半に訪れる。就職した先で福岡への異動の話が出た。その時「それなら地元に帰ろう」と決断した。帰郷後、神社の仕事に関わるようになるが、最初は正直なところ「仕方なく」という気持ちもあったという。しかし、ある一言がその意識を変えた。

「そんなに立派な仕事をしているのに、その言い方はない」
地元の人の言葉、そして後輩の神職が「この仕事が好き」と語った姿。その積み重ねが、少しずつ心の向きを変えていった。そしてもうひとつ、変化があった。それが「本を読むこと」だった。30歳を過ぎた頃から、少しずつ本を手に取るようになる。最初は必要に迫られてだった。家のお祓いで各家庭を回る中で、さまざまな話題に向き合うことになる。歴史、地域、暮らし、人の考え方。どんな話が出ても応えられるように、自分の中に引き出しが必要だと感じたからだ。読み始めてみると、それまで遠ざけていた世界が、少しずつ広がっていくのがわかった。

知ることで見え方が変わり、言葉が増え、人との関わりも深くなる。「あれほど本が嫌いだったのに」と笑いながらも、今では本を読むことは欠かせない習慣になっている。体で感じることから始まり、言葉で理解することへ。そうした変化もまた、神主という仕事の中で育まれてきたものだ。
そして気づけば、神社の仕事の中でも特に大切な役割である「家のお祓い」が、自分の軸になっていった。
祈りは、家々をめぐっていく

今福神社の特徴のひとつが、「家のお祓い(家祓い)」の多さだ。一般的に神社は「参拝に行く場所」というイメージが強い。しかしここでは逆に、神主が地域を訪ねていく。早田さんは年間で約300軒もの家を回るという。
正月の時期を中心に、一軒一軒を訪ね、祈りを捧げる。形式的な儀式ではない。そこには必ず会話がある。「最近どうですか?」「変わりはありませんか?」そんなやり取りの中で、その家の空気や、人の気配を感じ取る。だからこそ、顔と名前が一致するまでに10年かかることもある。家のお祓いは、単に厄を払う行為ではない。人と人との関係を積み重ねていくいとなみでもある。

早田さんは言う。「信頼は時間がかかる。でも失うのは一瞬」。だからこそ、ひとつひとつの家に対して丁寧に向き合う。この積み重ねが、神社と地域との距離を縮めているのではないだろうか。また、この訪問の中で得られる情報量も大きい。同じ地区に住んでいても知らないことは多い。人の暮らし、家族の変化、地域の空気。そのすべてが、神主という立場だからこそ見えてくる。

かつては、この関係性の中で縁談が生まれることもあったという。それは偶然ではなく、先代の頃から続いてきた家のお祓いの積み重ねの中で生まれたものだった。
一軒一軒を訪ねる中で、家族構成や人柄、暮らしぶりが自然と頭の中に蓄積されていく。「あの家にはこんな息子さんがいる」「あちらの家はこういう雰囲気だ」。そうした情報は、意識的に集めるものではなく、日々の対話の中で少しずつ重なっていくものだ。その上で、「この家とこの家なら合うかもしれない」と感じたときに、そっと縁をつなぐ。

無理に勧めるのではなく、あくまで自然な形で。神主が間に入ることで、「神主さんの言うことなら」と受け入れられる信頼関係があった。実際に、そうして結婚までつながったご縁も少なくないという。中には、後年になって神社の修繕に協力したいと申し出る人も現れた。かつて結んだご縁が、時間を経てまた神社へと返ってくる。そんな循環も生まれている。

家のお祓いは、単なる儀式ではなく、人とひと、家といえをゆるやかにつなぐいとなみでもあった。その背景には、長い年月をかけて築かれてきた信頼と、地域の中で生きる神社の役割がある。
家のお祓いがつくる、見えない循環

実際、お祓いの依頼が減る年もあれば増える年もある。今年は減ったと思えば、新たに増える家もある。それを早田さんは「自分の成績表」と表現する。つまり、どれだけ信頼されているかの指標なのだ。また、家のお祓いは地域の文化を支える役割も持っている。お祭りの時期には、各家庭で準備された食べ物が供えられ、その後に分かち合われる。そこには季節の恵みや、その土地ならではの食文化が詰まっている。

松浦は、海の幸にも山の幸にも恵まれた土地だ。新鮮な魚、旬の野菜。それらが当たり前にあるからこそ、地域の人はその価値に気づきにくい。家のお祓いを通じて、そうした「当たり前」に触れ続けること。それもまた、神主の役割のひとつだ。
未来へつなぐための、小さな挑戦
一方で、今福神社は新しい取り組みにも積極的だ。コーヒーを供える「珈琲感謝祭」や、アジフライの地域発信など、一見すると伝統とはかけ離れているような試み。

しかしその根底には、「今の暮らしに根ざしたものを大切にする」という考えがある。「伝統を守るためには、新しいことをやらないと守れない」その言葉の通り、変わることを恐れず、しかし本質は変えない。そのバランスの中で、神社は今も地域に根を張っている。人口減少が進む中で、20年後に残る神社は限られるかもしれない。それでも、続けるために何ができるかを考え続けている。
暮らしの中にある祈り

今福神社にとって、神社とは建物ではない。人と人との関係の中にあるものだ。家のお祓いで訪ねる一軒一軒。その積み重ねが、地域を形づくっている。特別な日だけではなく、日常の中にある祈り。それを支えているのは、迷いながらもこの場所に向き合い続ける一人の宮司と、受け継がれてきた土地の記憶なのかもしれない。
その他の関連記事は下記からご覧になれます。
今福神社