
たった一夜で、すべてが変わった
平成3年、19号台風。養鶏場は壊滅的な被害を受けた。4万2,000羽が被害にあい、総額は1億2000万円。
保険で補填されたのは7000万円。残りの5000万円は、自分たちで背負うしかなかった。

「お前が3000万出せ。俺が2000万出すけん」。父(故:正さん)からそう言われたとき、迷いはなかったという。
むしろ、腹が決まった。途中でやめられるもんか。その一言が、すべてだった。このときの経験は、単なる苦労ではない。
「続ける」という意思の原点として、今も静かに残っている。
働くことが、当たり前だった
高校を卒業すると同時に、生活は一変した。
朝は3時半から働き、夜は8時、9時まで。遊ぶ時間はほとんどなく、「寝ることが楽しみ」だった時期もある。ただ、その感覚は、突然始まったものではなかった。

幼い頃から、養鶏場は身近な場所だった。5歳の頃には、すでに現場に連れていかれていたという。卵を扱う手つきは、子どもらしい無邪気さの中にも、どこか慎重さがあった。「あんな小さい子にお手伝いはまだ早い」と周囲に言われていたことは後に知ることとなる。小学校に上がってからも、手伝いは当たり前だった。遊びの延長のようでもあり、同時に、家の仕事の一部でもあった。だからこそ、「働く」ということに対して、特別な境界線はなかったのかもしれない。

一方で、外の世界への憧れがなかったわけではない。乗り物が好きで、将来は白バイ隊員になりたいと思っていた時期もあった。速く走ること、機械を操ることへの純粋な興味。その延長線上に、そんな夢があった。けれど、現実は違った。
高校を卒業すれば、朝3時に起きて働く日々が待っている。家の仕事を前にすると、その夢を強く主張することはできなかった。思春期になると、気持ちは揺れる。友達が遊び、部活に打ち込む中で、自分は手伝いに時間を使っている。

「なんで自分ばっかり」と思ったこともある。
高校を卒業して現場に入ったとき、それは“選択”というより、“延長線”に近かった。卒業試験が終わった翌日から現場に入り、成人式にも出られなかった。周りが自由な時間を過ごしている中で、自分だけが違う道にいるようにも感じた。
それでも、離れなかった。

理由は単純ではない。ただ、振り返るとこう言う。「面白かったんですよ」厳しさの中にある手応え。自分の手で積み上げていく実感。それが、続ける理由になっていった。
売るものは、自分でつくる

もともと、この仕事が好きだったわけではない。休みもなく、決して楽な仕事ではなかった。それでも続ける中で、ある違和感が生まれる。「このままでいいのか」養鶏業のコストの6割は餌代。経営を考えれば、餌を安くすることが合理的だ。
だが、それでは「それなりの卵」しかできない。だったら、自分たちでつくるしかない。自分で売る卵を、自分でつくる。その選択が、すべての始まりだった。
正解は、他にはなかった
餌の配合は、すべて手探りだった。年間で数百万円規模の試験を繰り返し、いいと言われるものは、片っ端から試した。

それでも、合わないものは合わない。「世の中でいいと言われるものが、うちでいいとは限らん」その現実を、何度も経験した。だからこそ、答えは他にはなかった。試して、失敗して、また試す。その繰り返しの中でしか、自分たちの卵は見つからない。任せてもらえたからこそ、できた挑戦だった。
高くすれば、もっと儲かる。それでも
価格を上げれば、利益は出る。それは分かっている。たとえば、値段を倍にすれば、売上は半分でも利益は残る。

固定費は変わらないからだ。それでも、その道は選ばなかった。「広めたいんですよ」どれだけいい卵でも、1個100円、200円では、日常には届かない。子どもがいる家庭でも、当たり前に食べられること。それが何より大切だった。
毎日の中にある、わずかな違い
あるとき、「少し高いですね」と言われたことがある。そのとき、こう返した。「平均してみると、1個5円しか違わんとですよ」たった5円。けれど、それを毎日積み重ねていくとどうなるか。体に入るものは、確実に変わっていく。食べ物は、薬ではない。

それでも、日々の積み重ねが体をつくる。栄養のあるものをきちんと取り入れることで、体調を崩しにくくなる。結果として、病院に通う回数が減るかもしれない。もし体調を崩してしまえば、診察代や薬代だけでなく、時間や手間もかかる。

そう考えると、日々の食事に少しだけ気を配ることは、決して高い選択ではない。こだわってつくられた卵を毎日食べること。その小さな積み重ねが、暮らし全体を支えていく。太陽卵は、その考え方に立っている。
儲けるためだけでは、続かない

「儲ければいい」という考え方では、長くは続かない。少しでも世の中に役立つこと。誰かの食卓に、当たり前に届くこと。その積み重ねの先に、仕事がある。特別な商品ではなく、日常の中にある価値として届けたい。それが、この卵のあり方だ。
商売は正直に、消費者にも正直に
いいものをつくることと、売れることは、必ずしも一致しない。価格を上げれば、利益は出る。原価を抑えれば、見かけの数字はよくなる。そういう選択肢があることは、十分に分かっている。

それでも、選ばなかった。「商売は正直にせんばいかん。消費者にも、正直に」その言葉の裏には、これまでの積み重ねがある。台風で大きな被害を受けたときも、餌の配合で試行錯誤を繰り返したときも、うまくいく保証はなかった。それでも、誤魔化さずに続けてきた。一時的にうまくいく方法はいくらでもある。けれど、それは長くは続かない。

「進歩して、努力し続けるものしか残らんとですよ」
時代が変わっても、環境が変わっても、変わらずに必要とされるものは、決して多くない。だからこそ、止まらないこと。
良くしようとし続けること。

そして、その過程を偽らないこと。正直に向き合い、正直につくり、正直に届ける。その積み重ねが、結果として信頼になる。派手さはない。すぐに結果が出るわけでもない。それでも、続けてきたからこそ分かることがある。
遠回りのようでいて、それが一番、確かな道だった。
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