
水曜日になると、みんなが集まってくる
長崎県松浦市調川町。水曜日の午前中になると、「おはよう」「今日は来とったね」と、あちこちで声が飛び交う。
椅子を並べながらおしゃべりに花を咲かせる人。体操をしながら隣の人と顔を見合わせる人。台所では、昼食の準備をしながら「ちょっと味見してみて」と声がかかる。
その真ん中で、いつもやさしく笑っているのが、山口 建子さん(82歳)だ。
山口 建子さん(以下:建子さん)が代表を務める〈つきのかわ支え合いサポーター ムーンリバー〉で運営する〈お寄りまっせ〉では、高齢者が集まり、体操をして、一緒にご飯を食べる。
誰かが来るのを待っていて、誰かの顔を見ると安心して、帰るころには「また来週ね」と自然に声が出る。
そんな、人のぬくもりが残っている場所だった。

人と話すことが、昔から好きだった
建子さんは昭和19年、松浦市星鹿町で生まれた。
星鹿の城山から見える風景が好きだったという。海と町を見下ろす景色を、子どもの頃からずっと見て育った。
高校まで松浦市で過ごした後は、岡山県へ飛び立ち、のちに、叔父がいる千葉県で百貨店の店員として働いていた。
「人と話すのが好きやったけんね」
建子さんはそう言って笑う。
初めて会った人にも自然と声をかけ、相手の話をやさしく聞く。建子さんのまわりには、不思議と人が集まってくる。
きっと昔から、そうだったのだと思う。

病院の受付で、たくさんの人と出会った
松浦市へ戻ってからは、調川町の病院で受付事務として34年間勤めた。
病院には、毎日いろんな人が来る。長い年月をかけて、建子さんは調川のお年寄りたちと顔なじみになっていった。
退職後に民生委員として地域を回るようになってからは、さらに一人ひとりの暮らしが見えるようになった。
「病院で働いたことは大きかった」
その言葉の奥には、長い時間をかけて積み重ねてきた、人とのつながりがある。
「このままじゃいかん」と思った
民生委員として活動していた平成25年頃、市役所からある話を聞いた。それは、松浦市で高齢化が進んでおり、介護予防や生きがい対策が課題となるなか、住民が住み慣れた地域で自立した生活ができるように支援したいということ。そして、地区ごとに高齢者の実態を調査したところ、特に調川町の高齢者が、体力や栄養状態など将来的に課題が多いということだった。
「このままやったら、5年後、10年後はどうなるんやろう」
建子さんは不安になった。
そこでまず、地域に何が足りないのか、実際にアンケートを取った。
返ってきた声は、とても現実的だった。
「老人会がない」
「店がない」
「買い物ができない」
日々の暮らしの中で、誰かと会う場所が減っていた。

移動販売車と一緒に始まった“居場所”
だったら、来てもらおう。
そうして建子さんたちは、移動販売車に調川町へ来てもらうことにした。
水曜日のお昼なら、調川駅へ来られる。
それなら、その前にみんなが集まれる場所をつくろう。
平成26年3月12日。〈お寄りまっせ〉が始まった。
今では松浦市の各地域で集いの場の活動が行われているが、最初に始まったのは調川町だった。今では13年目になる。
毎週水曜日。みんなで体操をして、月2回は昼食を食べて、帰るころに移動販売車がやってくる。
自然と外へ出る理由ができた。

「美味しかったよ」の声がうれしい
〈お寄りまっせ〉の特徴は、みんなでご飯を食べること。
家で一人で食べるご飯より、誰かと一緒に食べるご飯の方が美味しい。
「家ではそんなに食べんけど、ここでは食べらるっちゃんね」といった声も多い。
食事が終わるころには、きれいに空になった皿が重なっていく。
「ごちそうさま!」
「今日も美味しかった!」
その声を聞く瞬間が、建子さんはいちばん嬉しいという。

参加者たちも、この場所への思いを口にする。
「久しぶりに楽しい時間が過ごせて嬉しかった」
「ここに来るのが一番楽しい」
「この日が待ち遠しい」
「友達ができたとよ」
「ここに来て本当によかった」
「感謝、感謝たい」
そう言いながら笑う表情は、どこか晴れやかだ。
なかには、「ここがあるから、こんなに長生きしとるんです」と話す人もいる。
毎週ここへ来て、誰かと顔を合わせて、話して、一緒にご飯を食べる。
その当たり前の時間が、参加者にとって大きな支えになっている。
そして建子さんもまた、
「みんなでワーワー言いながらするのが楽しか」
そう言って、いちばん楽しそうに笑っている。

支える側も、ここで元気をもらっている
活動を支えるのは、〈ムーンリバー〉という支え合いサポーターのメンバーたち。
松浦市で開催された介護予防・地域支えあいサポーター養成講座を受け、地域のリーダーとして必要な介護予防に関する知識などを学んだメンバーが集まった。
現在は13名。最年少でも70代だという。
「高齢者が高齢者を支える会やけんね」
と、建子さんは笑う。
料理を作りながら話して、笑って、次回の献立を考える。
サポーターにとっても、この時間が楽しみになっている。

“してあげすぎない”ことも、大事にしている
〈お寄りまっせ〉では、何でも全部やってあげるわけではない。
できることは、自分でしてもらう。難しいところだけ、そっと手を貸す。その距離感を大切にしている。
最初は杖をついて来ていた人が、通ううちに杖なしで歩けるようになったこともあった。
毎週ここへ来て、友達と会って、話して、笑う。その積み重ねが、人を元気にしている。

コロナ禍でも、楽しみを止めなかった
コロナ禍では、これまで通りに活動することが難しくなった。
以前は参加者とサポーターみんなで一緒に食卓を囲んでいたが、それもできなくなった。
それでも、お弁当にして渡したり、形を変えながら活動を続けた。
「何か楽しみをなくしたらいかんけん」
その思いだけは、変わらなかった。
このままずっと、楽しくやりたい
最近は、「たまにはゲームもよかね」「編み物や縫い物もできたら楽しそう」と、新しい話も出ているという。
そして今の課題は、サポーターの高齢化。
「若い人が入ってくれたら、新しい風が吹く」と建子さんは話す。
興味がある人には、ぜひ一度覗いてみてほしい。
みんなで笑って、話して、ご飯を食べる。特別なことは何もない。でも、その“当たり前”が、今の地域にはとても大切なのだと思う。

調川に、また人が集まる景色を
建子さんは、平尾から見る夕日が一番好きだという。
そして、これからの調川について、こんな願いを話してくれた。
「若い人が増えて、昔みたいにいろんな店が増えてほしい」
誰かがいて、誰かと話せる町。笑い声が聞こえる町。
〈お寄りまっせ〉には、そんな未来につながる時間が流れている。
今日もまた、水曜日になると、調川には「おはよう」の声が響いている。
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