「しょっちゅう感動して泣いてるんです。」

そう言って笑うのは、⻑崎県松浦市調川町〈つきっこ保育園〉の主任保育士・小野 奏さん。
話題は自然と子どもたちのことになります。
できなかったことができるようになったこと。
友達と気持ちを伝え合えたこと。
勇気を出して挑戦したこと。
子どもたちの小さな成⻑を語る言葉が次々とあふれてきます。
「本当に毎日なんですよ。」
そう言ってまた笑います。
一方で、辛かったことについては、「ん〜〜。ちょこちょこあってるんだろうけど、忘れてる。」 と、しばらく考えても、なかなか思い浮かばない様子。
子どもたちの成⻑を喜ぶことの方が、ずっと心に残っているのかもしれません。
そんな小野さんが最近特に感動した出来事のひとつが、6月6日に行われた忍者認定試験でした。
イラストレーターになりたかった保育士

小野さんは、もともと保育士になりたかったわけではありませんでした。
けれど、絵を描くことやピアノ、歌うこと、踊ることが好き。
「好きなこと全部できるじゃん。」
そう思ったことが、保育の道へ進むきっかけになりました。
保育の短期大学を卒業後、福岡県の幼稚園へ就職。数年勤め、天神でアルバイトをしながら、自分で描いたイラストを販売していたところ、短期大学時代の先生から一本の電話が入ります。
「新人の先生が急に辞めちゃったから来て。」
その一言で再び保育の現場へ戻りました。
その後、結婚を機に松浦市へ移住し、市内の保育施設で十数年働き、そこで出会ったある先生を慕って、〈つきっこ保育園〉へやってきました。
「あの先生がいなかったら今はないですね。」
そう話す小野さんの言葉からは、ひととの出会いを大切にしていることが伝わってきます。
子どもたちの「楽しい」を見逃さない

そんな小野さんが大切にしているのは、子どもたちが何に夢中になっているのかを見ることです。
忍者認定試験も、最初から計画されていたものではありませんでした。
始まりは、ひとつの聞き間違い。
「神社にお散歩に行こう。」
新年度が始まって間もない頃、先生が子どもたちにそう声をかけた時でした。
返ってきたのは、「え?忍者に?」という聞き間違い。
〈つきっこ保育園〉の忍者物語は、そんな何気ないやり取りから始まりました。
ちょうどその頃、先生たちが考えていたことがありました。
パワフルな子どもたちに対し、「走らないよ。」「寝る時間だよ。」と注意することは簡単だが、 それを何度言ってもなかなか伝わらない。
それなら、楽しくルールを覚えていけたらどうだろう。
忍者のように静かに歩く。忍者のように周りをよく見る。
子どもたちが夢中になっているものを保育の中に取り入れられたら面白いかもしれない。
そんな想いも重なりながら、忍者ごっこは広がっていきました。
子どもたちが面白がっている。
夢中になっている。
それなら、その世界をもっと広げてみたい。
小野さんたちの発想はいつもそこから始まります。
忍者から手紙が届いた日

翌日。〈つきっこ保育園〉に忍者からの手紙が届きます。
園に来客が来たはずなのに誰もいない。
その代わりに残されていた一通の手紙。
もちろん作ったのは先生たちです。
けれど、子どもたちにとっては違います。本当に忍者が来たのです。
忍者ごっこが始まった翌日には、担任の先生が巻物を作っていたそう。
子どもたちが喜ぶ顔が見たい。もっと面白くしたい。
そんな先生たちの想いが次々と形にな っていきました。
お昼寝の場所には「隠密の術」。
トイレには「浄化の術」。
園のあちこちに忍術が現れます。
子どもたちは夢中になり、その話をする小野さん自身もどこか楽しそう。
子どもたちが面白がっていることを、一緒になって面白がる。その姿が自然に浮かんできます。
主役はいつも子どもたち

忍者ごっこはやがて忍者認定試験へ発展していきます。
けれど、そこでも主役は先生ではありません。子どもたちです。
認定試験当日には、たくさんの制作物が会場を彩りました。
巻物。修行道具。装飾。来場者へ配られるうちわ。
先生たちは制作が好き。正直なところ、自分たちだけで作った方が早いし、綺麗かもしれない。けれど、それでは意味がありません。
「子どもたちができることは子どもたちにしてもらいたい。」
その思いから、0歳児から年⻑児まで制作に参加しました。

小野さん自身、絵やものづくりが好きなひとです。
だからこそ完成度よりも大切なものが分かっているのかもしれません。
完成した作品の向こうには、子どもたちが関わった時間があります。
考えたこと。作ったこと。楽しんだこと。
その積み重ねを何よりも大切にしていました。
「みんなでなら言える」

小野さんが最近特に感動したというのが、忍者認定試験での年⻑児による挨拶。
年⻑児は3人。誰も自分から前に出るタイプの子どもではありませんでした。
だから先生が、「じゃあ〇〇さんお願いね。」と決めることもできます。
その方が簡単ですが、先生たちは決めませんでした。
年⻑児 3 人で話し合い、子どもたちが出した答えは、「みんなでなら言える。」でした。
そして本番。3人は前に立ち、声を揃えて堂々と挨拶をしました。
その話をする小野さんの表情は、本当に嬉しそうでした。
「普段は失敗を恐れて止まっちゃうこともあるんですよ。」
そう話しながらも、その後の言葉には自然と笑顔がこぼれます。
結果だけを見れば短い出来事です。
けれど、小野さんが感動したのは結果ではなく、そこへたどり着くまでの過程でした。
三人で考えたこと。
話し合ったこと。
勇気を出したこと。
そして、自分たちで答えを見つけたこと。
それこそが小野さんの見ている成⻑でした。
毎日感動しているんです

忍者認定試験の最初に、園⻑兼理事⻑を務める吉永 満也さんは子どもたちへこう伝えました。
「転んでもいい。間違ってもいい。最後まで頑張って挑戦してください。」
そして最後は、
「全員合格!」
つきっこ忍者の誕生です。
けれど、小野さんが見ていたのは合格の瞬間だけではありません。
その前にあった、忍者を面白がり、友達と話し合い、自分で考え、勇気を出した日々。
子どもたちの成⻑は、そんな毎日の中にあります。
だから小野さんは言います。
「しょっちゅう感動して泣いてるんです。」
できなかったことができるようになる。
言えなかったことが言えるようになる。
一人では難しかったことを仲間と乗り越える。
その瞬間に立ち会えることが嬉しいのだそうです。
神社を忍者と聞き間違えたことから始まった小さな遊び。
それはやがて、子どもたちと先生たちが一緒につくる大きな物語になりました。
そして、その物語を誰よりも楽しみ、誰よりも感動しているのは、小野さん自身なのかもしれません。

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